雑学・うんちく・豆知識…学校編
小学校や中学校の1クラスって何人くらいが良いのでしょうね。
文部省は、1クラスは40人くらいが理想的と決めているようです。しかし、41人以上はクラスを2つに分けなければならないという訳でもないようです。
平成14年頃に、各都道府県で各々がクラスの人数を決めてもよいことになりました。これは、あくまで公立の小学校や中学校の話です。
まず、山形県が小学校の1年生~6年生までの1クラスの人数を基本的に33人までと決めました。福島県では小学1年生と小学2年生と中学1年生の1クラスの人数を30人と決めました。大阪府では、平成19年度から、小学1年生と小学2年生の1クラスの人数を35人と決めました。現在は、東京都以外は、少人数学級制を取り入れています。
1クラスの人数を少なくするのは、できるだけきめ細かやかな指導ができるように…というのが狙いです。これも、ゆとり教育の一環なのでしょうね。
このように日本では、少人数学級へ移行していますが、一時期は1クラスが60人のときもありました。しかし、昭和34年には1クラス50人となり、その後1クラス45人、昭和55年には全国の小学校・中学校が1クラス40人となりました。
時代の流れと共に、少人数学級へとシフトしてきましたが、今後は1クラスあたりの生徒数を減らすよりは、1クラスに対して教師を2名体制にする方向へと進んでいくようです。
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日本の学校の入学式が4月になった理由は、国の都合によるものです。
明治20年(1887年)に高等師範学校(教員を養成する学校)で、最初に4月に入学式が行われました。4月の入学式が採用される少し前に、国の会計年度が4月を年度初めとすると決まり、それに併せた…というのが本当のところのようです。4月に併せたのは、国の事務処理上の理由で、同じ4月にする方が都合が良かったから…という理由です。
それ以前は、9月に入学式が行われていました。これは、明治5年(1872年)に学制が発令されて近代教育制度できたとき、教育機関は「9月入学」と定められたためです。
この時、外国人の教員を迎えていたため欧米に合わせたため9月入学になったといわれています。
もっと話を昔にタイムスリップさせると、江戸時代の藩校や寺子屋はいつでも入学ができたようです。
話を現代にもどしますが、今のように正式に4月に入学式が行われるようになったのは、小学校が明治33年(1900年)で、中学校は明治34年(1901年)です。これらは法律で決められたものです。
その後、中学校卒業後の進学率が高くなり、大正10年(1921年)には大学も4月に入学式が行われるようになりました。これは、文部科学省によると、気候の良い春先に入試を行うという狙いもあったようです。
現在では、学校教育法施行規則により、幼稚園・小学校・中学校・高校・大学いずれも、学年は4月1日に始まり3月31日に終わると定められています。大学だけは、例外的に途中入学も認められてはいますが…。
やはり、桜の咲く季節に入学式が行われるのが一番ふさわしいように思いますよね。
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